はじめに
問題のある社員を解雇した数か月後、弁護士から不当解雇を主張する内容証明郵便が届いた。
その後、労働審判を申し立てられ、最終的に数百万円もの支払いを余儀なくされた。
こうした労務トラブルは、毎年一定数発生しています。
会社側には、遅刻や無断欠勤、業務命令違反、暴言など、解雇せざるを得ない事情があったはずです。
それにもかかわらず、労働審判では会社が高額な解決金を支払うことになります。
本記事では、社員を解雇した会社が直面する労働審判の実態と、そのリスクについて解説します。
不当解雇とは
不当解雇とは、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上も相当と認められない解雇のことです。
労働契約法第16条では、解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」と定めています。
ここで注意したいのが、経営者が考える「解雇して当然」と、法律上認められる解雇には大きな差があることです。
解雇の有効性は、問題行動の内容や回数、会社が受けた損害、注意や指導を行ったか、改善の機会を与えたか、その記録が残っているかなどから総合的に判断されます。
就業規則に定められた解雇事由に該当していても、その行為の程度や経緯に対して解雇処分が重すぎると判断された場合は、解雇が無効となります。
そのため、経営者は「不当解雇になるはずがない」と考えていたにもかかわらず、労働審判では正当な解雇だったことを証明できず、解決金を支払って紛争を終わらせざるを得なくなります。
不当解雇の実例
事例1 給与2か月分を払って解雇したのに、さらに3か月分の支払いに
中途採用の社員が、入社1か月を過ぎた頃から遅刻が目立ち、
勤務中に無断外出するなど勤務態度に問題が続いた。
現場は口頭注意のみで対応したが改善は見られず、
会社は解雇予告手当(1か月分)を支給したうえで「明日から来なくてよい」と通告した。
本人はその場で反発もなく帰宅したが、数か月後に内容証明が到着した。
労働審判では予告手当の支給は認められたものの、弁明の機会を与えず実質的に解雇を強制したと判断され、解雇は不当とされた。企業側には賃金6か月分の支払いが命じられた。
解雇予告に相当する給与を支払っても、それだけで解雇が有効になるわけではありません。遅刻や無断欠勤などの事実だけでなく、会社がどのような指導を行い、改善の機会を与えたのかを記録しておく必要があります。
事例2 脅迫をした従業員を解雇
社長と従業員が業務内容をめぐって口論となり、
ヒートアップした従業員が社長に対し極めて強い暴言を吐いた。
企業は安全面から翌日以降の出勤停止をその場で指示し、その後解雇を通告。
労働審判では、当該暴言は「その場の感情に基づく発言で、真意としては認め難い」
と評価され、解雇は不当と判断。企業側に従業員の賃金3か月分の支払いが命じられた。
会社側から見れば、脅迫のような暴言を吐いた従業員を解雇するのは当然と考えるでしょう。しかし、労働審判では発言だけでなく、発言に至った経緯や具体性、過去の問題行動、会社が行った対応なども含めて判断されます。
─────
このように、経営者の感覚では妥当と思える解雇であっても、実際に労働審判を申し立てられると、会社側が不利になり、解決金を支払う結果になるケースがほとんどです。
なぜ会社は解決金を支払わざるを得ないのか
労働審判は、原則として3回以内で行われます。
第1回で双方の主張や証拠、解雇に至った経緯などを確認し、第2回には労働審判委員会から調停案や解決金額が示されます。第3回までに金銭解決に応じるか、異議を申し立てて訴訟に進むかの決断を迫られます。
日本では労働者保護の観点から解雇が厳しく制限されており、訴訟に進んでも勝てる見込みが低いため、多くの場合は担当弁護士から金銭解決を勧められます。
さらに会社側にとって厳しいのが、準備期間の短さです。
第1回期日は申立てから原則40日以内に指定されます。会社側は突然届いた申立書に対して、裁判所が定めた期限までに答弁書を作成し、勤怠記録、注意や指導の記録、メールなどの証拠を集めなければなりません。
また、答弁書を提出せずに労働審判を欠席すれば、会社側の反論がないまま、元従業員の主張と証拠を中心に審理が進むため、極めて不利な結果になります。
このように、不当解雇を主張する労働審判を申し立てられると、企業側は準備段階から金銭解決に至るまで、常に不利な状況を強いられます。
なかには、こうした仕組みを逆手に取り、入社後にわざと問題行動を繰り返して会社に解雇させ、労働審判で解決金を得ようとする悪質なケースも確認されています。
訴えやすい時代に
現代では、スマートフォンで何でも簡単に調べられます。
会社を解雇された従業員が「会社をクビになった」と検索すれば、相談料や着手金無料で労働審判に対応する弁護士事務所のサイトが数多く表示されます。
さらに、AIの普及によって、解雇された場合に何をすべきか、どこへ相談すればよいのか、労働審判で受け取れる解決金の目安まで、誰でも簡単に調べられるようになりました。
労働問題の知識がない従業員でも、AIに質問するだけで必要な情報や相談先が分かります。
弁護士へ相談する費用面の負担が小さくなり、必要な情報も簡単に手に入るようになったことで
労働審判を申し立てるハードルは大きく下がっています。
─
対策
このような事態を避けるには、採用段階での見極めを徹底し、問題が起きても安易に解雇や退職勧奨を行わないことが重要です。
しかし、人手不足が慢性化している建設業界では、時間をかけて人材を選べる企業の方が少ないのが現実です。
どれだけ慎重に採用しても、入社後の問題行動を完全に防ぐことはできません。
こうしたリスクに備える方法の一つとして、雇用関連賠償責任保険があります。
この保険は、不当解雇、セクハラ、パワハラなどを理由に会社が損害賠償請求を受けた場合に、損害賠償金や和解金、弁護士費用などを補償します。任意労災保険に特約として付帯できるため、既存の保険に組み込みやすいのも特徴です。
公共工事を行う建設会社の場合、一定の条件を満たす任意労災保険への加入は、経営事項審査における「法定外労働災害補償制度」として15点の加点対象になります。すでに任意労災保険へ加入している場合は、雇用関連賠償責任補償を特約として追加できるか確認してみましょう。
採用時の見極め、問題行動の記録、適切な指導、解雇前の専門家への相談を徹底し、労働審判に発展させないための対応を心掛けることが重要です。
それでも労働審判を完全に防ぐことはできないため、万一発生した場合の金銭的な負担について、雇用関連賠償責任保険で備えることも選択肢の一つです。
はじめに
問題のある社員を解雇した数か月後、弁護士から不当解雇を主張する内容証明郵便が届いた。
その後、労働審判を申し立てられ、最終的に数百万円もの支払いを余儀なくされた。
こうした労務トラブルは、毎年一定数発生しています。
会社側には、遅刻や無断欠勤、業務命令違反、暴言など、解雇せざるを得ない事情があったはずです。
それにもかかわらず、労働審判では会社が高額な解決金を支払うことになります。
本記事では、社員を解雇した会社が直面する労働審判の実態と、そのリスクについて解説します。
不当解雇とは
不当解雇とは、客観的に合理的な理由がなく、社会通念上も相当と認められない解雇のことです。
労働契約法第16条では、解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」と定めています。
ここで注意したいのが、経営者が考える「解雇して当然」と、法律上認められる解雇には大きな差があることです。
解雇の有効性は、問題行動の内容や回数、会社が受けた損害、注意や指導を行ったか、改善の機会を与えたか、その記録が残っているかなどから総合的に判断されます。
就業規則に定められた解雇事由に該当していても、その行為の程度や経緯に対して解雇処分が重すぎると判断された場合は、解雇が無効となります。
そのため、経営者は「不当解雇になるはずがない」と考えていたにもかかわらず、労働審判では正当な解雇だったことを証明できず、解決金を支払って紛争を終わらせざるを得なくなります。
不当解雇の実例
事例1 給与2か月分を払って解雇したのに、さらに3か月分の支払いに
中途採用の社員が、入社1か月を過ぎた頃から遅刻が目立ち、勤務中に無断外出するなど勤務態度に問題が続いた。
現場は口頭注意のみで対応したが改善は見られず、会社は解雇予告手当(1か月分)を支給したうえで「明日から来なくてよい」と通告した。
本人はその場で反発もなく帰宅したが、数か月後に内容証明が到着した。
労働審判では予告手当の支給は認められたものの、弁明の機会を与えず実質的に解雇を強制したと判断され、解雇は不当とされた。
企業側には賃金6か月分の支払いが命じられた。
解雇予告に相当する給与を支払っても、それだけで解雇が有効になるわけではありません。遅刻や無断欠勤などの事実だけでなく、会社がどのような指導を行い、改善の機会を与えたのかを記録しておく必要があります。
事例2 脅迫をした従業員を解雇
社長と従業員が業務内容をめぐって口論となり、
ヒートアップした従業員が社長に対し極めて強い暴言を吐いた。
企業は安全面から翌日以降の出勤停止をその場で指示し、その後解雇を通告。
労働審判では、当該暴言は「その場の感情に基づく発言で、真意としては認め難い」と評価され、解雇は不当と判断。企業側に従業員の賃金3か月分の支払いが命じられた。
会社側から見れば、脅迫のような暴言を吐いた従業員を解雇するのは当然と考えるでしょう。しかし、労働審判では発言だけでなく、発言に至った経緯や具体性、過去の問題行動、会社が行った対応なども含めて判断されます。
─────
このように、経営者の感覚では妥当と思える解雇であっても、実際に労働審判を申し立てられると、会社側が不利になり、解決金を支払う結果になるケースがほとんどです。
なぜ会社は解決金を支払わざるを得ないのか
労働審判は、原則として3回以内で行われます。
第1回で双方の主張や証拠、解雇に至った経緯などを確認し、第2回には労働審判委員会から調停案や解決金額が示されます。第3回までに金銭解決に応じるか、異議を申し立てて訴訟に進むかの決断を迫られます。
日本では労働者保護の観点から解雇が厳しく制限されており、訴訟に進んでも勝てる見込みが低いため、多くの場合は担当弁護士から金銭解決を勧められます。
さらに会社側にとって厳しいのが、準備期間の短さです。
第1回期日は申立てから原則40日以内に指定されます。会社側は突然届いた申立書に対して、裁判所が定めた期限までに答弁書を作成し、勤怠記録、注意や指導の記録、メールなどの証拠を集めなければなりません。
また、答弁書を提出せずに労働審判を欠席すれば、会社側の反論がないまま、元従業員の主張と証拠を中心に審理が進むため、極めて不利な結果になります。
このように、不当解雇を主張する労働審判を申し立てられると、企業側は準備段階から金銭解決に至るまで、常に不利な状況を強いられます。
なかには、こうした仕組みを逆手に取り、入社後にわざと問題行動を繰り返して会社に解雇させ、労働審判で解決金を得ようとする悪質なケースも確認されています。
訴えやすい時代に
現代では、スマートフォンで何でも簡単に調べられます。
会社を解雇された従業員が「会社をクビになった」と検索すれば、相談料や着手金無料で労働審判に対応する弁護士事務所のサイトが数多く表示されます。
さらに、AIの普及によって、解雇された場合に何をすべきか、どこへ相談すればよいのか、労働審判で受け取れる解決金の目安まで、誰でも簡単に調べられるようになりました。
労働問題の知識がない従業員でも、AIに質問するだけで必要な情報や相談先が分かります。
弁護士へ相談する費用面の負担が小さくなり、必要な情報も簡単に手に入るようになったことで
労働審判を申し立てるハードルは大きく下がっています。
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対策
このような事態を避けるには、採用段階での見極めを徹底し、問題が起きても安易に解雇や退職勧奨を行わないことが重要です。
しかし、人手不足が慢性化している建設業界では、時間をかけて人材を選べる企業の方が少ないのが現実です。
どれだけ慎重に採用しても、入社後の問題行動を完全に防ぐことはできません。
こうしたリスクに備える方法の一つとして、雇用関連賠償責任保険があります。
この保険は、不当解雇、セクハラ、パワハラなどを理由に会社が損害賠償請求を受けた場合に、損害賠償金や和解金、弁護士費用などを補償します。任意労災保険に特約として付帯できるため、既存の保険に組み込みやすいのも特徴です。
公共工事を行う建設会社の場合、一定の条件を満たす任意労災保険への加入は、経営事項審査における「法定外労働災害補償制度」として15点の加点対象になります。すでに任意労災保険へ加入している場合は、雇用関連賠償責任補償を特約として追加できるか確認してみましょう。
採用時の見極め、問題行動の記録、適切な指導、解雇前の専門家への相談を徹底し、労働審判に発展させないための対応を心掛けることが重要です。
それでも労働審判を完全に防ぐことはできないため、万一発生した場合の金銭的な負担について、雇用関連賠償責任保険で備えることも選択肢の一つです。


